第6回 湖水地方
February 2011
イギリス文学ほど日本で親しまれている外国文学はありません。そういった数々の作品の舞台、作家の足跡を訪ねて、鉄道に乗ってみましょう。

最終回は、イギリスの文学者たちが愛してやまない湖水地方を取り上げます。

ロンドンのユーストン駅からグラスゴー方面に向かう特急でおよそ2時間。列車はオクセンホルム・レイク・ディストリクトという小さな駅に到着します。ここでローカル線に乗り換えると、約20分で湖水地方観光のゲートウェイ、ウィンダミア駅です。
湖水地方といえばベアトリクス・ポター。『ピーター・ラビット』シリーズであまりにも有名なポターは、若い頃から家族で湖水地方をよく訪れ、ついには家まで入手して湖水地方を生活の居とします。彼女が暮らした「ヒル・トップ」という農家は現在、ナショナル・トラストによって管理運営され、一般の観光客も見学することが可能です。湖水地方にはまた、ほかのエリアにもポターゆかりのスポットがありますが、『ピーター・ラビット』の動物たちの生き生きとした描写は、湖水地方の豊かな自然をポター自身の五感で感じ取り、表現したものにほかなりません。
もうひとり、湖水地方で忘れてはならないのがアーサー・ランサム。少年たちの小さな冒険を描いた『ツバメ号とアマゾン号』シリーズは、ランサムの死後44年を経た今でも私たちの心を熱くしてくれます。ヨット好きのランサムは、自分のヨットを湖に浮かべ、そこに暮らしていた時代もありました。物語に出てくる湖は、湖水地方にある実在の湖をモデルにしているものが多く、その舞台を訪ねて遠く外国からやって来るファンも少なくありません。

古今の人々に愛され続けている湖水地方ですが、これだけのネームバリューにもかかわらず、鉄道でのアクセスは非常に不便です。先述したウィンダミア駅でさえ湖に接しているわけではなく、湖岸まではバスや車などを使わざるを得ません。ほかの湖に行くのにも道路しかなく、なぜ鉄道がないのか、不思議でさえあります。しかし、観光客が鉄道で大挙して来ないからこそ、いつまでも変わらない美しい風景が保てるのかもしれません。
ただ、湖水地方の中だけで運行されている鉄道遺産がありますので、これはおすすめです。ひとつはウィンダミア湖畔から出ているレイクサイド&ハバースウェイト鉄道。元々鉱物を運搬するために建設されたものですが、現在では5.6キロという短い区間で観光客を乗せて走る鉄道遺産として親しまれています。そしてレイベングラス&エスクデイル鉄道。

こちらは、線路幅381ミリのミニ鉄道ですが、煙を吐きながら力強く走るSLの迫力は大型機関車に引けを取りません。レイベングラス&エスクデイル鉄道は、第1回で紹介した『機関車トーマス』シリーズの作家、ウィルバート・オードリーも作品のモデルにしています。
産業革命時代に生まれ、全国に拡大した鉄道ネットワーク。イギリスの名だたる作家たちも、鉄道に乗って移動し、旅先で得たインスピレーションが数々の名作を生んできました。長い汽車の旅の中で着想したものが、作品に生かされてこともあったことでしょう。彼らと同じ車内に身を置きながらイギリスを旅すれば、文豪たちの思いを共有する瞬間があるかもしれませんね。
秋山岳志
AKIYAMA Takeshi
編集オフィス「南風(Nampoo)」を主宰する旅行ライター。特にイギリスの運河、鉄道遺産を中心に取材している。主な著書に、『
英国運河の旅』、『
イギリス式極楽水上生活』、『
英国「乗物遺産」探訪』、『
機関車トーマスと英国鉄道遺産』、『
イギリス鉄道遺産の旅』など。