Virgin Atlantic

Home  > ブログV  >  富岡秀次のロンドン・スナップ・ショット!

English


イギリスに滞在中のヴァージン特派員達が、イギリスの「今」の情報をお届けします!!

富岡秀次 プロフィール


85年にフリー・フォトグラファー。 90年からロンドンをベースに、ミュージック、ファッション、旅、映画、演劇、ミュージカル、バレエ他、英文化全般を対象に撮影活動をしている。

 

イギリスで出来る(かもしれない)エキストラな生活(下の壱)

 

 

 

*今回の写真も、本文と関係なく以前 “20世紀フォックス・ホーム・エンターテイメント・ジャパン株式会社”の仕事で、Pinewood Studio を取材したときのものです。

 

 

( Ms. Olga Kurylenko Photo by Shu Tomioka )     

(エキストラな生活をすると、こんなキレイな女性に知り合えるも知れません。『007 慰めの報酬』のボンド・ガール/オルガ・キュリレンコさん。)

 

 

 

 

 

この日の午前中、『リセット。ポジション1!』と言う声を聴きながら、

僕はどれほど暴雨風雨の中を歩き続けたのでしょう。

 

大型レイン・マシンから放たれる、雨粒の痛さには閉口しました。

 

 

監督の完璧主義を反映して、雨合羽の下にはネクタイ、シャツにジャケット、

それから警棒とピストルなどをアタッチした革製のホルスターと、しっかり着込んでいます。

 

それにおそらく70年代にささやかに残っていた『大和魂』も。

 

外からは全く見えもしないのですが、重いし、窮屈でひどく肩が凝る衣装です。

 

 

僕らは顔以外は濡れませんが、それでも寒さに体中が震えます。

 

でも不平は言うつもりはありません。

 

なぜなら、横を見れば、ホットパンツに短いT−シャツだけの女の子が、涙を流しながら、今にも倒れそうにしています。

 

もちろん、フィルム・クルーの女の子達(彼らはもう、南極ロケだって平気でこなせそうなくらい、シッカリと着込んでいます)

 

 

『カット!』の声を聞くと同時に、ホットパンツの女の子達のもとに走ります。そしてタオルや労りの言葉を届けています。

 

しかし、『焼け石に水』と言うか『インディアナ・ジョーンズの魔宮にゴキブリホイホイ一つ』と言うか、役に立ちません。

 

体感温度は氷点下だと、クルーが言っているのが聴こえました。

 

結局、女の子のうち二人は、具合が悪くなって、のちに救急車で病院に連れて行かれました。

 

 

 

 

イギリスで出来る(かもしれない)エキストラな生活(下の壱)

 

 

(Pinewood Studio は本当に広大です。これが見取り図。)

 

 

 

細い腰つきが痛々しい、若いフォトグラファー役の男の子は、薄いジャージを着込んでいるだけです。

 

そのまま、プールに飛び込んだかのような濡れ具合。唇は真っ青で歯がガタガタ鳴っているし、もう、なるべく彼の方向は見ないようにしましたよ。

 

 

それにしても、映画でもTVドラマでも、フォトグラファーに扮している人って、メチャクチャ嘘っぽいですよね。

 

なんできっちりと演技指導しないんだろう。。

 

 


ランチ・ブレーク。。。。。。。。

 

 

イギリスで出来る(かもしれない)エキストラな生活(下の壱)

(007 Stage)

 

 

 

 

無言で配給の列に並ぶと、もう、完全に強制収容所の風情です。

 

 

 

聴衆役の人たちも、傘はさしているとは言え、逃げ場が無いなか長時間座っているので、お尻とかびしょびしょです。

 

かなり年配の人もいます。

 

 

食事は、味も量も十分すぎるものです。

 

食べるにつれて元気が出てきたのか、またみんな大声で話し始めました。

 

もう、真剣に耳を傾けましたよ。

 

 

匿名性が特徴のエキストラですが、その反動でしょうか、

「僕は僕は。。」「Me,me….」と、自分の話を徹底的にぶつけてくる人が多いですね。

 

どこかで『これは仮の姿だ、普段はもっと重要な仕事をしているんだ』と訴えかけるタイプ。

 

これは、ヨーロッパ人と日本人に多かったです。

 

 

大半を占めるチャーニーズの人は、圧倒的にお金の話。

 

どのエージェントが何%エージェント料をチャージするとか、今日は早い集合だったから、幾ら上乗せがくるはずとか。

 

 

 

 

イギリスで出来る(かもしれない)エキストラな生活(下の壱)

(至る所にあるショー・ケースには、沢山のオスカーやBAFTAのトロフィーが収まっています。)

 

 

 

 

午後も大雨下での撮影です。

 

雨量の調整は、幾つかあるレイン・マシーンを換える事でします。

 

巨大マシーンが、巨大クレーンで操られて頭上に来ると、その後待ち構えている巨大な試練を思って、武者震いに身をまかせてしまいます。

 

大型扇風機を併用すると、雨は四方八方から攻めて来ます。

 

僕たち警官だけが、背筋を延ばして闊歩しますが、他の人たちは背中を丸めて、災難が去るのをひたすら待つのです。

 

 

警官仲間のティム君が、僕を見ながら『おっ、おお、おっ!』と言う顔をしました。

 

『何だ何だ、なんだ、何なのか、早く言ってよう?!』と僕。

 

顔が流血にまみれて、ホラー映画のようになっていたのです。

 

朝、メイクの人に顎のヒゲとモミアゲを「警官らしくさっぱりしないとね」とカミソリでそられてしまったのですが、

 

肌の敏感な私は、普段電動シェイヴァーで剃ります。ウエット・シェイヴだと、必ず顔のどこかを切ってしまうのです。

 

でも、この朝はもう興奮状態だったので『カミソリはやめて』と懇願するのを忘れてしまいました。

 

雨に打たれて、かさぶた状の血が溶け出し、顔を真っ赤に染めてしまったのです。

 

ホラー顔で、みんなひるんでいましたね。

 

この日の午後の撮影は、こんなカンジで6時過ぎ迄続きました。

 

 

 

イギリスで出来る(かもしれない)エキストラな生活(下の壱)

 

 

(他にスタジオ・セットのスケッチ等も沢山展示されています。これは”ゴールドフィンガー”)

 

 

 

 

帰りの電車で爆睡し、帰宅は夜の10時過ぎ。

 

妻は私を見るなり『おっ、おおお!』と声に出しました。

 

僕はまた『えっ、何、なんだよう?』と問いました。

 

鏡に写った私の顔は、真っ赤に膨張し、眼鏡は顔にめり込んでいます。

 

『あ、顔がしもやけ。。』

 

 

妻の『どうやったら、一日で十歳も年をとれるのでしょう。。』と言う声を耳の遠くに聞きながら、ベッドに倒れ込んでいました。

 

 

明日も朝2時起き。まだ初日が終わっただけです。

 

 

 

 

 

しまった!あと一回だけ続かせてください。。

 

 

 

 

 




イギリスでできる(かもしれない)エキストラな生活(中)

 

 

*今回の写真は、本文と関係なく以前Gainsborough Studio を取材したときのものです。

 

 

( Ralf Fiennes (C)Shu Tomioka in 2000. ゲインズブラ・スタジオの内部で撮影したレイフ・ファインズ。『コリオレイナス』と『リチャード二世』を演じていた時期でした。せりふの時代/小学館用に撮影。取材同行は伊達なつめさん。)

 

 



キャンティーンには、食べ放題のブレックファースト、コーヒー&紅茶で、

人が群がっています。


どんどん、色々な衣装に着替えたエキストラが周囲に溢れて来ました。


ホット・パンツの女子達も出て来ました。


見た目は、日本人の僕の目には「???」というカンジですが、


中国人の男性達は異様に色めき立っています。


女の子達は、頭にカールを巻いているので、


昔『パーマ屋さん』に行っていた、自分の母を思い出しましたよ。


こめかみにトクホンが貼られていないか、チェックしたい気がしました。




着替えていない人達も沢山います。


きいてみると、彼らはそれこそエキストラ中のエキストラ『大衆or観客』だそうです。


セットに出る時に、お揃いのウオーター・プルーフ(ヤッケ、アノラック)


を着るので、中は何でも良いと言う事。


エキストラの総数は200人以上らしい。大作ですね。




「この先にスタジオがあるの?」


と、エキストラ歴5年、普段は IT企業で働いている中国人ティムさんにきいてみました。


「いや、この先にセットが組まれているんだ。吹きっ晒しなんだよね」


「こんなに寒いのに、屋外で?」


「警官の役に感謝した方が良い。僕らは雨具を着込んでいるのだから」


「おぉ。」


暗澹とした前途に武者震いをしたのは、私だけではないはず。

 

 

 

 


イギリスでできる(かもしれない)エキストラな生活(中)

 

(ゲインズブラ・スタジオは、東ロンドンのホクストン・エリアにありました。2000年にアルメイダ・シアターのダイレクターのジョナサン・ケントとレイフ・ファインズが舞台として使用するまで、廃墟状態になっていましたが、その後02年に壊され04年に高級フラットに再開発されてしまいました。1924年から1951年迄の間、映画スタジオとして活発に使われました。巨匠アルフレッド・ヒッチコックが使った事で有名なスタジオです。)






エキストラの料金というのは、他の人に確認した訳ではありませんが、おそらく役に関係なく一定だと思います。


基本給は、僕らエディトリアルのフォトグラファーの、


安めの雑誌の撮影料1/2ページ程度。かなり安い。


これじゃあ生活費になりません。

 



ただ、付随するエキストラ(ややこしいのですが『追加』と言う意味で)が、


かなり細かく設定されています。

 


今回の様に早い出だと、+ £19.62 。


自力で現場に到着すると +£9.81 。


8時間(たぶん)を過ぎるとオーヴァータイムが出ます。


撮影は普通、12時間は続くので、これは必ず付くそうです。


これが、最初の30分が £5.23 で、その後30分毎に £7.84。


そして、今回のように濡れると(!)+£12.50。


で、合計が『安めの雑誌の撮影料1ページ分の撮影料』にはなる勘定です。

 


ただ、これは今回のようにハリウッド大作映画用のレートなので、


普段はもっと安いらしい。


僕らのような東洋人は、いつもエキストラで必要とされているわけではありません。


でも白人のエキストラは、やはり需要が多いので、


映画だけでなくTVや劇場等で、上手く仕事の数をこなせれば、


独身なら充分に生活できるらしい。。


そういった白人のプロのエキストラも、今回は沢山来ていました。

 

 



でも、エキストラと下っ端役者との間には、大きな溝がありますから、


勘違いしないようにしないといけません。


僕の私的な解釈ですが、エキストラはプロップ(小道具)と同じです。


僕もファインダーを覗く人間なので理解出来ますが、隙間を埋めるための存在だと思います。

 

 


あなたが選ばれる時に、理由はないかもしれませんし、


あるかもしれませんが、どっちにしても代わりは他に沢山います。


役者は、いくら小さな役でも、表現をする人だと思います。


だから、間違って生活のためにエキストラなんてすると、


プライドが酷く傷つく結果になりそうです。

 


あ、でも誤解なさらないで下さい。


我々は基本的に、とても丁寧に扱われました。


監督と挨拶も交わしましたし、皆さんフレンドリーです。

 

 

 

 

イギリスでできる(かもしれない)エキストラな生活(中)

 

私は、2000年に内部を撮影する恩恵に授かりましたが、これらの写真は英国映画界にとって、貴重な歴史の記録となりました。ロイヤル何とかって言う、舞台関係の学会に何度か貸し出しをしましたよ。)

 

 




さて、各パート毎に服装検査をして、現場にスタンバイします。


飛行場の一部にセットを作り上げた、なんかテーマ・パークみたいなものです。

 

 


最初のシーンからもちろん大雨です。


頭上15mに巨大なレイン・マシーンがクレーンで吊るされています。


横に30mくらいでしょうか?大きなスプリンクラーが幾つもついています。

 

 


 

「リハーサル」、「レイン・オン」、「キャメラ・ロール」、「アクション!」の合図で役者さん達の演技が始まります。


私はとにかく直立不動で激しい雨を頭(警察の帽子にレイン・カヴァーが付いています)に受けとめています。


3分程の長いショットでした。「カット!」。演技をストップします。


 

私達警官は問題無し。他のエキストラの面々は、すでに生まれて初めて経験する、直撃の台風雨により、ずぶ濡れでショック状態。


さしていた傘はおちょこ状態に陥ったのち、壊れて使い物になりません。


皆、靴を脱いでソックスを『ジャーッ』っと絞っています。



水が勢い良く滴り落ちます。


警官はコンバット・ブーツを履いているので、全く問題無し。




風は冷たく、真冬の富士急ハイランドの、スケートリンクの空気を思い出します。




これが朝8時。長い一日の始まりでした。。。。






イギリスでできる(かもしれない)エキストラな生活(上)

 

*今回の写真は、本文と関係なく以前"Pinewood Studios"を取材したときのものです。

 

(名門パインウッド・スタジオのアンダーウオーター・シーンの撮影風景です。)


 

 

 



ここ数年、イギリスの映画業界が好調ですね。


昨年のアカデミー賞受賞作『王様のスピーチ(The King's Speech)』


のような素晴らしい英国映画にかかわらず、ハリウッド映画でも、


パイレーツ・オヴ・カリビアンや、ウディ・アレンの『マッチ・ポイント』等


イギリスで撮影したりする例がとても多いです。


おかげで、ジョニー・デップやウディ・アレンという、米国を代表する映画俳優を


ロンドンで撮影する機会に恵まれたりしました。


 

イギリスでできる(かもしれない)エキストラな生活(上)

 


 

(パインウッド・スタジオは30年代から沢山の名作を創り出して来ましたが、近年ではやはり007ジェイムズ・ボンドの撮影で有名なスタジオです。)

 


以前、うちの息子が小さい時に、知り合いを通してコンタクトしてきた、


ブッキング・エージェントのケイティーさんと言う人がいます。


彼女は『ベトナム人の子供が必要なんだ』と、息子をITVのスリラー・シリーズに起用しました。


結構ヴァイオレントな作品だったので、撮影中にちょっとハラハラしました。


案の定、肘や膝を擦りむいたりしていました。


まるまる二日間拘束でしたが、出来上がってみると、息子が登場するのは冒頭の1分位のものです。


それでも、小学生の息子が、私より圧倒的に良いペイメイントを貰ったのですから、


お父さん的には『う〜む。。。』ってカンジで複雑でしたね。


 

イギリスでできる(かもしれない)エキストラな生活(上)

 


(スタジオの通路には、無数のトロフィーやこうした歴史的資料が、ディスプレイされています。)

 

 

 

 



さて、今回、久し振りにこのケイティーさんから私に連絡がありました。


『ハリウッドの映画がエキストラを探している。撮影はウイークデイ。日本人の中年男性が足りない』との事。


成る程そうでしょう。ウイークデイの撮影なら、そんな暇な日本人の中年男性は、


そう多く無いでしょう。学生かフリーのフォトグラファーか。。。。


『上手くスケジュールが合えば良いよ』と言いながら、


結構空白の多いスケジュール帳をチェックしました。


以前、やはりフォトグラファーのT橋さんが、黒沢明監督の『乱』でエキストラをしたと話していたのを覚えています。

 

そうか、T橋さんは日本の文化遺産に足跡を残したのか。。


私もやってみようか。経験だし。ブログに書けるし。

 

 

 

 

 

 




前夜、もうすでに後悔し始めました。


大きな撮影の仕事を終えて、夜帰宅したのですが、


集合は大英博物館の近くに、なんと翌朝4時です。


妻は『タクシー頼もうか?』と言ってくれましたが、


大したエキストラ料を貰わないのにタクシー代を使うのももったいない。


それで、20年振りにナイトバスに乗りました。2時起きです。


3時間しか寝てない。。。


集合場所には、もう結構な人が集まっています。


しかし、すごい寒い。大型のコーチが3台到着しました。


責任者に名前を言って、名簿で確認。乗り込みます。


大学時代にやった土方のアルバイトを思い出しました。


コーチの中では、色々な人達の会話が耳に入ります。


朝っぱらから異様にはしゃいでいる日本人の男女(学生風)とかを横目で見ながら


『ケっ。』て思いましたね。


1時間乗ってハンプシャーの私営飛行場に到着です。

 

 

 

イギリスでできる(かもしれない)エキストラな生活(上)

 

 

(水中シーンの撮影施設。巨大な水槽が有ります。)

 




降りて、次々にマーキー(大きなテント)にはいってレジスターします。


もうこの時点で、映画『ピアニスト』や『シンドラーズ・リスト』のように強制収容所に連行されている気分です。


私はすぐに着替えに行かされました。


この映画の詳細を語る事は禁じられていますが、


私の役は警察官であり、シチュエーションは終止暴風雨の中での撮影である事をお知らせします。


前もってフィッティングに行きましたから、完全に私の身体にフィットする衣装が、


大きな衣装レールに掛かっています。私の名前とナンバー付きです。


慣れていないので着るのは大変ですが、スタッフが手伝ってくれます。


次はヘアー&メーキャップ。


エキストラですからメイクは要りませんが、


髪は警察官のようにというか、兵士のようにされました。


顎髭もさっと剃られてしまいました。


そして、その日は6人の警察官が出来上がりました。


皆で巨大マーキーに戻ります。


豪華な結婚式のレセプションで使いそうなサイズです。


そこで、他の警官と挨拶です。


『本官は。。。。』と自己紹介しようと思ったのですが、


他は皆中国人の人でした。


まあ、月曜日の朝5時に、坊ちゃん刈りにされて警官の真似している


中年日本人は、そうはいませんね。。


話をしてみると、みなエキストラのヴェテランです。


昨年は全員 " 48 Ronin " にエキストラ出演したそう。


携帯電話に、キアヌ・リーヴスと自分との2ショットを大切に持っています。


みんな、エキストラ歴を話すのが好きみたい。


でも、この人達は結構わきまえているようです。ちゃんとエキストラと自覚しています。

 

 

イギリスでできる(かもしれない)エキストラな生活(上)

 

 

 

(水中シーンの撮影。これはTVのCM製作でした。)


 





でも、隣で大声で『XX監督は、どうしたこうした。』なんて、ぶつくさいっている、


パンタロン(フレアー)の裾幅30cm以上、マッシュルーム・カットの52歳、


『中国人だけどジミーって呼んで』然とした御仁は、


なんか、勘違いして偉そうな事をうだうだ喋っています。怪しい。


私は、とにかく周囲の異様な人々から目が離せない状態ですが、


同僚の警官に色々とエキストラの心得を伝授してもらっています。


現場には巨大なレイン・マシンが用意されていて、とにかくずぶぬれになるので、


体力を消耗しない方法とか、聞き逃しませんよ。


聴くところによると、警察官の役は、出番も多くてなかなか上位に属する役だそうです。


そうだろう、そうだろう。中年なのにわざわざ来たんだからな。


なんて、ちょっと胸を張ってみたんですよね。


まだ、余裕があったんです。この頃は。。。




英国の教育制度/今、受験の真っ盛りです。

 



日本では、もう受験の季節は終わったのでしょうか?


まだ、慌ただしくしていらっしゃる方もいらっしゃるのかも知れませんね。


英国も受験シーズンです。


我が家の櫂は16歳です。


GCSEを取ったり、バレエ学校のオーディションを受けたりしています。


受験生の苦労はどこでも同じですね。

 

希望の進路に進めるかどうかは、今の努力が決めてになります。

 


 

英国の教育制度/今、受験の真っ盛りです。

 

 


でも、親としては全力を尽くしてくれれば、それで充分です。


もちろん、辛い思いはさせたくはありません。


でも、今、希望通りに行かないからといって、それで将来が決まるわけが有りません。


16歳の青年には、これから長い人生が待っています。


そして、やり直しのチャンスは、必ずまた来るに決まっています。


ただ、チャレンジに背を向けて逃げてしまわないように、手助けだけはさせて貰いたいと思います。



 

英国の教育制度/今、受験の真っ盛りです。

 


(ダンスの名門校 Tring Park School for the Performing Arts.

とにかく授業料が高いですよ。)

 

 

 

英国の教育制度は、日本と違って一様ではありません。


私立校か公立校かでシステムが変わったりします。


でも基本的には、5歳から16歳までが義務教育です。


ですから、先程言ったGCSEと言うのは、高校受験では無くて、義務教育の修了試験と言うべきですね。


必須科目と選択科目で、通常8科目から10科目試験を受けます。

 

 

英国の教育制度/今、受験の真っ盛りです。

 

 

(内部のスタジオの一つ。建物自体が本当に美しい。)

 

 


将来大学への進学を考えているならば、この後 sixth formと呼ばれるコレッジ(アメリカ的には”カレッジ”)


にすすみA-levelという試験を受けて、その結果ですすめる大学が決まります。


櫂のように、グラマー・スクール(公立ですが、入学試験があります)に行っている生徒は、


学校を移らなくてもそのままsixth form に入れたりします。

 

 

英国の教育制度/今、受験の真っ盛りです。

 

 


(The Urdang Academy は、ウエスト・エンドと繋がっているので、プロへの就職率が非常に高い実績を持っています。

 

サドラーズ・ウエルの直ぐ近く。)

 

 

 



 

 


櫂はバレエ学校に進学を希望しているので、実はあまりGCSEは関係ありません。


でも、親としてはアカデミックを16歳で放棄して欲しく有りませんから、


モティヴェーションを与えるのに苦労しています。


アメとムチしかありません。

 

 

 

櫂の途中経過ですが、今のところ、GCSEで受けた教科は全てAを収得しているようです。


バレエは、2つのプライヴェートの学校には合格しましたが、


我が家の家計では授業料を払うのは不可能なので、


奨学金を得る為の試験に合格しなくてはいけません。


公立のバレエ学校は、セントラル・スクール・オヴ・バレエと、ロンベイ・スクールの、


2つの一次試験に合格して、次の二次試験がもうすぐです。


そう、これからが本番です。

 

 

 

英国の教育制度/今、受験の真っ盛りです。

 


(Rambert School of Ballet & Contemporary Dance のスタジオの一つは、こんな素敵なチャペルにあります。

中は自然光がたっぷり入って素敵です。)

 


 

バレエの練習と試験勉強の両立は、確かに大変です。


他の子達に比べて、始めた(13歳)のが圧倒的に遅いので、追いつくのが大変でした。


それでも、本人が好きでやっているのですから、幸せな事です。


試験勉強とバレエの合間に、時間を作って友達と映画を観に行ったりしています。


しなくては行けない事をしっかり済ませれば、そう言う事は許します。


友人関係もとても大切な事だと思いますから。


さっきも、バレエ仲間と”バレエボーイズ”という、

 

とんでもなくクールなバレエをサドラーズ・ウエルズに観に行っって来ました。


コンテンポラリー・バレエとストリート・ダンスが

 

最高な形でミックスした、男性ダンサーだけの、もう本気で素晴らしいバレエです。


機会があったら絶対に観て下さい。


 

 

英国の教育制度/今、受験の真っ盛りです。

 

 

(友達が週末に泊まりにくると、日曜日の午前中のキッチンはこんなカンジです。リチャード(ロンベー・スクール)もルーシー(ロイヤル・バレエ)も、我が家に泊まりに来ると、勉強とバレエを、日曜日の午前中にみっしりとやらされるわけです(笑))



 

 

 

 

 


何人かの親しい友人は、スリープ・オーヴァー(泊まり)に来ます。


その際も、もちろん試験勉強&バレエの特訓は欠かさない約束で、許しています。

 

 


そして、しっかり全て終わらせれば、夕食は近所の、安い『寿司食べ放題レストラン』に行かせてあげます。




本当に飴と鞭なんですよ。

 

 

 

*BALLETBOYz

http://www.balletboyz.com/

 

 

*Central School Of Ballet

http://www.centralschoolofballet.co.uk/


*Rambert School of Ballet & Contemporary Dance

http://www.rambertschool.org.uk/

 

 

 

 





 

 

義理の兄との良い関係は、家族生活の要です。 夢だって叶うんです。

 

(僕にとっての夢だった『ギターを壁から掛ける』が実現しました。嬉しい!

DIY上手の義理の兄のおかげです。感謝。)


 



僕は、イギリスに来てから随分DIYをしてきました。


ペンキ塗りとか、何度も。。。


ところが、DIYで一番大切なドリルだけはもう使いたくありません。


これは、最初に使った時に失敗したのが、トラウマになってしまったから。




小さなフラットを買って生活し始めた頃、


見よう見まねで色々DIYを始めました。


英国人男性は、上手い下手はあっても、まず100%、DIYを経験しています。


お父さんから息子への、生活スキル&技術の継承ですね。


フットボールを一緒にやるのと同等に、大切な父と子のふれあいです。



でも、私にはこれが全くなかった。


日本では、家の工事とかは大工さんに頼むじゃないですか。


それに、私の父は不器用で、何も手先を使う事をしませんでしたね。


すっかり私も、不器用を引き継ぎました。


母の影響で、姉と兄は手先が器用でしたが。

 

 

 

義理の兄との良い関係は、家族生活の要です。 夢だって叶うんです。

 

 

 

(僕だってDIYします。ドアの取っ手を陶器製のものに換えて、適当にペイントを塗り替えます。ほら、”シャビー・シーク”の出来上がり。)

 


 



 

で、キレイにペンキを塗った壁に、DIYの基本中の基本、本棚を設置しようとして、


壁にドリルしたら、直径20cmの大穴を開けてしまいました。


もうボロボロです。すぐに中止すれば良いのに、


『こんなはずじゃぁ。。。。』って思いながら大きくうなるドリルの騒音に呼応して、


穴はどんどん大きくなります。


『今度こそは。。』と思って、同じ大きさの穴をもう一つ作ったところで、やめました。


もちろん、本棚は諦めました。


小さな部屋には場違いの、大きな鏡を買って、壁に吊るして穴を隠しました。



義理の兄との良い関係は、家族生活の要です。 夢だって叶うんです。

 

(お疲れさま!)

 

 

 

 

 

それ以来、ドリルを使わなくてはいけない時には、


義理の兄(妻の姉の夫です)のディヴィッドに頼む事が多くなりました。


昨年、アーリー・リタイヤメントで職を離れた彼は、


その ”ペンショナー” の身分を満喫しています。


因みに、彼はもとハンプシャー警察のCID(私服警部)で、麻薬の囮捜査とかをしていました。身長190cmの、典型的な”ボビー(警察官を親しんでこう呼びます)”の風情をしています。


警察組織の幹部は、高級年金が支給されるので、”早期退職”しても、老後の生活の心配がいらないんですね。。。。。。


夫婦で各国を旅して楽しんでいるようですが、今年のロンドン・オリンピックでボランティアをします。


そのミーティングがハックニーであるので、


昨夜ロンドンの我が家に泊まりにきました。


私は、このチャンスを、手ぐすねを引いて待っていたのですよ(笑)


もう、何ヶ月も前に夢の部品を買ったのですが、壁にこれをくっつけるのにドリルを使わなくてはいけません。


" 誰かがしてくれる" のを辛抱強く待っていたんです。


あっという間に出来ました!


十代の頃からの夢だった、”ギター・ハンガー”が、実現したんです。


『そんな、ギター屋さんみたいのはカッコ悪い』と、長年反対していた妻を


『部屋のスペースを有効に使えるようになるから』とやっと説得に成功したんです。


それが、義理の兄のおかげで、あっけなく実現。


嬉しい!!!

 

 

 

義理の兄との良い関係は、家族生活の要です。 夢だって叶うんです。

 

 

(僕だってドリルが使えるようになりたい。。)

 

 


 


実は、妻の実の兄、マーティンも『早期退職』をしています。


彼は大会社の重役でしたから、やはり老後の心配がいらないワケです。ふ〜。


僕が妻と婚約して日本から来た時、ディヴィッドもマーティンも歓迎してくれました。


妻の実家のあるポーツマスに、みんな住んでいるのですが、当時日本人はほとんどいませんでした。


軍港の街ですから、かなり荒っぽい。


東洋人は中華料理のテイク・アウエイで働いている人ぐらいしかいませんでした。


でも二人共、日本の伝統文化、先進技術を尊敬してくれていたのがありがたかった。


彼らのおかげで、英語がまだおぼつかない私も、


自然に家族のイヴェントに親しむ事が出来たのです。


クリスマス、家族対抗クリケットや、たくさんいる親戚のパーティーなど、


社交が苦手な私でも、溶込ませてもらいました。


教育を受けたイギリス人特有の『旅好き』『冒険好き』の血が、


遥か彼方の国から来た私に興味を向かわせてくれたのかも知れません。



 

義理の兄との良い関係は、家族生活の要です。 夢だって叶うんです。

 

 

(蛇足ですが、これは僕の友人のアイリッシュ・ブルース・ギタリスト、故ロリー・ギャラガーが所有していた、Guyatoneのグローリーです。

彼も、英国では外国人として暮らしていたので、私の境遇を理解してくれていました。ロリーと彼の弟のドネルの好意で、僕が譲り受けました。

れから英国富岡家が代々継承していきます)


 

 

まだ、英国行きの飛行機がアンカレッジ経由で飛んでいた時代です。


ほんの少し前迄、日本はまだ遠かったのです。










イギリス/ロンドンの航空券予約イギリスツアー情報イギリス/ロンドン情報ロンドン特派員のブログ
鏡リュウジのマジカルミステリーツアー吉谷桂子のガーデニングブログマーラ・ヤマウチ選手のOFFICIALブログ!
© Copyright 2012 Virgin Atlantic Airways Ltd.
All rights reserved.
運送約款 | プライバシー&セキュリティ | お問い合わせ