2010年5月26日
今日、政権交替後初のイギリス議会開会式が行われました。政治の話題が続きますが、このイベントは一年で最も華やか且つ重要な政治式典で、見過ごすわけにはいかないでしょう。1時間以上に及ぶ一連の儀式は豪華時代劇を見るよう。まさにイギリスの歌舞伎。しかも出演者も衣裳も全て本物! 10年イギリスに住んだ今、これを見ると、日本の伝統芸能と同じように、1つ1つの動きに深い意味があることに気づかされるのです。
儀式の流れが解説されています。
国家の最高権力を象徴する三種の神器が到着します
なんだか『ロード・オブ・ザ・リング』みたい?
イギリスでは現実がファンタジーの世界とつながっています
エリザベス女王にとっては58回目の開会式で、キャメロンは女王が迎えた12人目の首相ですが、女王にとっても連立政権は初めて。儀式ではまず1485年に成立したという王室衛士(Yeomen of the Guard)が、議事堂の地下に爆弾が仕掛けられていないかを点検して回ります。これは1605年のガイ・フォークスによる国王暗殺未遂事件に由来するものですが、折角折り合った王室と貴族、民衆の議会政治システムが、如何なる暴力によっても破壊されるべきではないことを示すもの。女王より一足先にロンドン塔から届けられる3,000個のダイヤがはめ込まれた王冠(Imperial State Crown)、御剣(Sword of State)、御帽子(Cap of Maintenance)の三種の神器は国家の最高権威の象徴です。女王は宮殿から身に付けてこられるのではなく、議事堂で王冠を被り、ガウンを纏います。ずっと着けるには重すぎるからという理由もあるかもしれませんが、ここに国王の「君臨すれども統治せず」という考えが表れているように思うのです。
何故、女王が議会を開会するのか。それが今回の連立政権になって改めて理解できたような気がします。女王が君臨することを示すことによって、議会が暴走しないようコントロールすることができる。とりわけ今回のようにどの政党も過半数を占めることができなかった場合、皆が耳を傾ける絶対的な「鶴の一声」が必要となります。でも、あくまでも主権は国民にある。だから、役目を終えた女王は宮殿にお帰りになり、権力の象徴である王冠はロンドン塔に戻って一般公開されるわけです。
これも昨年11月の国会開会式から。
女王が議事堂に到着し、スピーチを行うところまで。
女王の玉座はエジンバラ公のものより若干高くなっていることに気づきましたか?
今年のクィーンズ・スピーチ(女王演説)。
本国会で提出される政府法案の指標となる施政方針を読み上げます。
首相が書いた原稿を数日前に女王が目を通し、署名したものです。
要旨が簡潔に説明されていて、これなら子供にも外国人にも理解しやすい。
内容について中立の立場を取っていることを示すため、
女王はなるべく感情をこめず、抑揚のない読み方をされるそうです!
話は変わりますが、エリザベス女王はいつも腕にお召し物とコーディネイトしたハンドバッグを提げておられます。あのバッグには何が入っているんだろうと、長い間、皆の関心の的でした。2006年には、エリザベス女王の80歳の祝賀イベントで、バッキンガム宮殿の庭で子供たちを前に『女王様のハンドバッグ』というパントマイム劇まで上演されています。女王のお誕生日を祝う祭典の邪魔をしようとした子供が、そのハンドバッグを盗むことに成功、女王はバッグに眼鏡を入れているのですが、それがないと祭典のスピーチを読む事ができず一大事に…というストーリー。映画ハリー・ポッターのキャストたちも劇の一部としてビデオで登場し、盛り上げました。
『女王様のハンドバッグ』のパフォーマンスで上映された
ハリー・ポッターのキャストらによるビデオ
2007年、一冊の本が発表され、遂にバッグの謎が解けました。そこに入っているのは現金でも宮殿の鍵でもパスポートでもなく、子供たちから貰ったお守り、家族や孫の写真、60年前にエジンバラ公から贈られた化粧ポーチ、バッグをテーブルに下げる時に使う金属製のフックなのだそうです。ディナー中にクィーンがバッグをテーブルに置いたら「5分でイベントを切り上げて欲しい」、バッグを床に置いたら「一刻も早く抜け出したい」というジェスチャーなのだそうですよ。バッグの中については、知りたかったような、知りたくなかったような…。
国会の話に戻りますが、私はイギリスに来て初めて、デモクラシーというものが何なのかを体験することができたような気がします。どの国も一長一短あるし、イギリスにも問題はありますが、この国では多くの血が流され、過ちも繰り返してきたお蔭で、デモクラシーを手に入れた。デモクラシーとは、労働党政権が14年も続いたら、それを変えようとすること。イギリス人は、同じ政党や人物が長く権力を持っていると、腐敗とはいわないまでも、惰性になったり、理想が色褪せてくることを知っていて、「そろそろ変えたほうがいい」と考えるのです。そこにこれまでの2大政党制の意味があった。国の政策が180度変われば、あらゆる現場が混乱します。でも、それはある意味、デモクラシーの代償だということも分かっている。
デモクラシーとは、マスコミが政治家をジョークや風刺で茶化しても、権力や無言の圧力で抑えられることなく、皆で声を立てて笑えること。デモクラシーとは、ニック・クレッグのような40代前半の議員が「僕は首相になりたい」と公言しても、苛められたり、誹りを受けたりしないこと。もちろんイギリス人だって裏では色んな噂をしているけれど、フランスの哲学者ヴォルテールが言ったとされている「あなたの意見には同意できないけれど、あなたがそれを言う権利は私は命をかけて守る」という考え方が生きているのです。皆、好きなことを好きなように言う。自分もそうしたいから他の人の権利は奪わない。それが下院議場に置かれている儀杖(mace)の意味であり、象徴するものなのです。
イギリスもようやく気温が上がり、初夏の陽気になってきました。とはいっても20度前後なんですけどね。次回は美しい外の景色に皆さんをお連れしましょう。
国会議事堂
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