2012年4月11日
4ヶ月前の12月、イースト・ロンドンのスピッタルフィールズ・マーケットのすぐ隣に、アーティストのトレイシー・エミンがショップをオープンしました。


トレイシー・エミンは、今年のロンドン・オリンピックで、英国を代表する現代アーティスト12名のうちの1人として、公式ポスターのデザインを手がけています。ご覧の通り、ショップの商品は癒し系。エミンは英国王立芸術院に二人しかいない女性の教授の一人として、スケッチを教えているそうですが、「こんな子供の落書きのような絵を描いている人が、一体、どうして?」って思いませんか?

「すっかり野心を失くしました」
と描かれたTシャツ £30

猫の顔のマグカップ £10
エミンの説明をする前に、ダミアン・ハーストの話をしましょう。ハーストは、90年代にイギリスから「ヤング・ブリティッシュ・アーティスト(YBA)」と呼ばれるコンセプチュアル・アーティストの集団(エミンもこの一人)を生み出した首謀者です。今月、ハーストの初の本格的な回顧展がテート・モダンで始まりました(テートのダミアン・ハースト展についてはコチラを、ダミアン・ハーストのキャリアについてはコチラのビデオをどうぞ)。ちょうどオリンピックの時期にテートがハーストの企画展を行うのは、もちろん単なる偶然ではありません。ハーストはイギリス現代アートを世界に知らしめた人物と言っても過言ではないでしょう。また、2008年のオークションでは彼が出品した作品の総売上げが1億1100万ポンド(142億円)に達し、現存するアーティストとしてはサザビーズの最高金額を記録(現存する英国アーティストの長者番付でもトップ)。ハーストは世界のアート・シーンの頂点に立っているのです。
面白いのは、YBAの展覧会を企画した当初、他の仲間と比べて、ハースト自身の作品は全く売れなかったそうです。彼はそこで「人が決して無視できないものを作ればいい」と考え、95年にイギリス現代アートの芥川賞ともいえるターナー賞を受賞した、縦に分断された牛の親子のホルマリン漬けといった代表作を生み出していったのです。
実はエミンも最初は殆ど目立たなかったそうです。そこで彼女も「何か大掛かりなものを作らなければならない」と考え、1997年、「私が寝た全ての人(1963-1995)」というタイトルの100人以上の名前を縫い付けたアップリケを施したテントを発表し、一躍注目を集めたのです。その後、 99年には避妊具や染みのついた下着が転がる乱れた「マイ・ベッド」(現在、The Saatchi Galleryにて展示されています)で、ターナー賞にノミネートされました。その他にも私生活を大胆、且つユーモラスに表現した作品で、アーティストとしての地位を不動のものとしました。
ハーストとエミンの二人に共通しているのは、自分の歴史や関心のあるテーマを戦略的に自身のブランドに昇華させることができたこと。イギリスではどの分野でも自分自身をマーケティングできる能力というものが重視されます。二人の作品は論争を呼ぶ一方で、ファンを確立していきました。ちなみに私が好きなエミンの作品は、橋のたもとで待ち伏せしている一匹の犬が、通りかかったエミンをナンパする"Love is a strange thing"(愛は奇妙なもの)という短編映画と、粋な言葉を形にしたネオン・アートの数々。彼女のネオン・アート、”More Passion”(もっと情熱を)は首相官邸にも飾られています。
で、最初の疑問に戻りますが、こんな子供みたいな絵を描く人が、何故、王立芸術院でスケッチを教える教授に任命されたのでしょうか。テクニックは稚拙でも、エミンのスケッチには人を惹き付けるものがある。自分の感じたものを飾らずに表現することで、彼女の優しさや感性が伝わってくる。つまり、エミンが教えるのは絵の作法ではなく、感情や閃きをシンプル且つ素直に表現する方法、といえるでしょうか…。
オリンピックの夏はイギリス現代アートも楽しめそうですね。

スピッタルフィールズの側で見つけた看板
「何を宣伝するつもりだったのか忘れてしまいました」
こんなユーモアもアーティストの街
イースト・ロンドンらしいですね
EMIN INTERNATIONAL SHOP
45 Crispin Street, London E1 6HQ
Tel: 020 73751358
Tate Modern
Bankside, London SE1 9TG
Tel 020 7887 8888
ダミアン・ハースト展は9月9日まで。チケット購入はお早めに。






