2002年BBCが行った世論調査で「最も偉大なる英国人」のトップに挙がったのが第二次世界大戦時の首相であったウィンストン.チャーチルでした。日本で戦争体験のない人たちにはチャーチルといえば‘Vサインを最初に使ったひと’とか、ブルドッグのような顔に変えられて風刺漫画に登場するくらいで(写真)、あまり馴染みがないようですが、終戦から60年以上経った今でもこの国ではチャーチルが「最も偉大な英国人」とみなされているのは、この国を勝利に導いたという理由以外に彼の人柄にも関係があるのではないでしょうか?

英国では「ウィットに富み、ユーモアのセンスがある」というだけで尊敬されるひとの要素になりうることはたしかですが、それを普通のひとの何倍ももっていたのがチャーチルでした。例えば、チャーチルのあまりに失礼な発言に憤慨したアストー子爵夫人が「あなたがもし私の夫だったら、あなたの紅茶に毒をもることでしょう。」という言葉を受けて、チャーチルが「マダム、私があなたの夫であったなら、それを喜んで飲むことでしょう。」と言ったのはあまりに有名です。
さて、チャーチルに関する出版物が他に類を見ないくらい多いことは事実ですが、英国にいらっしゃって関連の場所を探し出すにもそう時間はかからないでしょう。ロンドンではキャビネット.ウォー.ルームズが筆頭に挙げられます。そこは、第二次世界大戦時に閣議が開かれた地下壕で、ヨーロッパ人には人気ですが、私がいままで5、6回訪れたうち、他の日本人に会ったのは皆無です。ガイドブックも各国語に訳されたものがありますが、日本語はなし。係りのひとに聞いたところ、「日本人はめったにいらっしゃらないんですよ。多くなればもちろん日本語のガイドブックも出します。」とのこと。とかく戦争に関しては横を向いてしまう風潮が強い日本ですが、歴史を通して過去の間違いや、苦しみ、事実を知ることは未来の平和を作る道具のひとつです。前小泉首相も、ブレア前首相に案内されて訪れています。
さて、このキャビネット.ウォールームズですが、第一次世界大戦の経験から空襲の恐ろしさを知った政府がドイツとの戦いに備え、首相をはじめ国家の中心的人たちのために造った地下壕です。そこは首相官邸のすぐ近くで工事は1939年に始まり、完成した一週間後に第二次大戦が勃発しました。そして日本が終戦を迎えた1945年8月15日の翌日にこの地下壕の戸が最後に閉めらて以来そのままにされていたのが、1980年代にオリジナルどおりに改修され一般公開されました。
ザ.マップルームは、地下壕ができた初日から閉鎖されるまでここでの活動の心臓部だった部屋です。壁にかかる大きな地図が、この部屋から大戦時の世界の動きをひとつ残さず監視している人々の様子を物語っているようです。
閣議室は、チャーチルに選ばれた少数の大臣や戦争アドバイザーが昼夜会議を開いた部屋です。チャーチルは戦争時でさえ、毎日のルーティーンを変えなかったといいます。たとえば一日は8時半にベッドで葉巻を吸うことから始まり、昼食と夕食は必ずシャンペーンを飲み、午後の昼寝の後は早朝の3時か4時まで働いたといわれています。ここではそんなチャーチルが使ったベッドルームやクレメンタイン夫人の部屋など9部屋が公開され、広い博物館では彼の一生に関する資料やメモラビリアが陳列されてています。(写真)
国会議事堂や首相官邸、ウェストミンスター寺院、バッキンガム宮殿、セント.ジェームズ公園を訪れるひとがほとんど見逃してしまう観光名所の穴場… それがキャビネット.ウォールームです。
またスィッチルーム.カフェでは、クラシック英国料理やホームメードのケーキなどが賞味できます。戦争の時に行われた自給自足キャンペーンのモットー‘Dig for Victory!(勝利に向けて畑を耕そう!)’と同じ名のついたスープなどはここのカフェならのものでしょう。
ロンドン以外ですと、世界遺産にもなっている生家ブレナム宮殿(写真)や、ガーデン好きのチャーチルがこよなく愛した住居チャートウェルなどはチャーチルを抜きにしても訪れる価値が十分あるところです。