2009年10月28日
6代目ブラウンロー卿といえば、愛する女性のために、王の地位を退いたあのエドワード8世の侍従であり、親友であり、重要なアドバイザーでもあった人物です。ブラウンロー卿は、自宅であるベルトン.ハウスにシンプソン夫人を迎え、王と結婚するかわりに、彼ををサポートする立場にまわるよう説得に努め、ついに1936年12月7日、シンプソン夫人の記者会見でその発表が行われるはずでした。その時の声明文を用意したのもブラウンロー卿だったのです。
ところが、王はこの計画に大反対。ついにはシンプソン夫人と結婚するために王座を退位する決意をしたのでした。そして12月10日、議会で王の退位声明を発表するブラウンロー卿の姿がありました。これはその後の英国王室を変える大きな出来事であったことは言うまでもありません。
さて、今回ご紹介するのは、そのブラウンロー卿の邸宅であったベルトン.ハウスです。16世紀に法律分野で活躍、巨大な富を築きあげたリチャード.ブラウンローの息子であるジョン.ブラウンローによって建てられた邸宅です。今でもロンドンの法律関係の建物の多いホルボーン地域にはブラウンロー通りという道があります。
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館内はハウスガイドがそれぞれの部屋の案内をしてくれます。日本の古伊万里、中国やヨーロッパの陶磁器、18世紀の中国の手描きの壁紙、6000冊にも及ぶ本、17世紀の後半からリージェンシー期に及ぶ銀器のコレクションなど見ごたえのあるものが並びます。
また地下の使用人の仕事部屋も、当時の大邸宅ぶりを忍ばせます。下記は執事の部屋と料理用暖炉とオヴンです。
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丁度私が訪れた時、キッチンで小学生が熱心に当時の様子を学んでいました。
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イタリアンガーデンの1816年にできた噴水はそろそろ修理工事が終わり、当時のように水の音を聞きながら庭を鑑賞できるはずですし、隣の聖ピーター&ポール教会は19世紀の部分がほとんどとはいえ、オリジナルのノルマン時代の部分も残っています。

歴史上、大切な建物が個人の力で維持していくのが難しくなった現在だからこそ、このベルトン.ハウスのようにナショナル.トラストの存在の重要さが改めて強く感じられます。












