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イギリスに滞在中のヴァージン特派員達が、イギリスの「今」の情報をお届けします!!

木島タイヴァース由美子 プロフィール


イギリス田舎周りとマーマレード作りを趣味とする。 人間より動物のほうが賢いと信じている在英年数30年以上の日本人。

 

ロンドン塔にいらっしゃる方は観光ガイドやビーフイーターから‘9日間だけ女王であったレディ.ジェーン.グレイ’の話を聞くことでしょう。日本の学校で習う英国歴代の王の中に彼女の名を見ることはまずありませんがたとえ9日間といえども英国ではレディ.ジェーン.グレイの存在は大きく、特にヴィクトリア朝時代の人たちのロマンをかきたてて以来、本や映画、絵などでよく取り上げられています。
 
レディ.ジェーンは、6回結婚し2番目の妻アン.ブリンとの結婚でローマ法王の許可が得られなかったためにローマン.カスリックから独立して英国国教会を設立したという英国きっての暴君として知られるヘンリー8世の妹メアリー.チューダーの孫にあたります。1536年にサフォーク公爵とメアリー.チューダーの娘レディ.フランシス.ブランドンの長女として生まれましたが母は異常に厳しいひとだったようで、体罰などの虐待もあったようです。そのためジェーンは小さいころから母に愛情を求める代わりに本に没頭したせいか当時の女性では最も高いレベルの教養を身につけた女性に成長していきます。
 
さて、ヘンリー8世の遺言で後継者は3人の子供が受け継ぐはずでした。まずは唯一の息子エドワード、そして彼に世継ぎがない場合は長女のメアリー、彼女に世継ぎがいない場合は次女のエリザベスが跡を継ぎ、彼女に世継ぎがない場合はヘンリーの妹メアリー.チューダーに継承権がわたるようにという遺言でしたが、歴史はそう単純に事が進むことはまずありません。エドワード6世が臨終の際に残した遺言では彼の後継者はヘンリーの長女メアリーではなく叔母であるメアリー.チューダーを指名したところから予定がくるってしまいます。これは長女のメアリーがカソリックであったこともありますが、息子がレディ.ジェーン.グレイと結婚したノーサンバード公爵の計らいによる影響も多大でした。とにかくエドワード6世亡き後はメアリー.チューダーの孫にあたるレディ.ジェーン.グレイがイングランドの女王として即位します。
 
ところがまたまたここで問題が起こりました。エドワード6世は15歳で死んだため、法的にヘンリー8世の遺書を変更できる年齢には達していないということでジェーンの女王の座の正当性が問われたのです。結果、ヘンリーの娘のメアリーがジェーンに代わって女王に即位し、気の毒な レディ.ジェーン.グレイは17歳になるかならないかの時にロンドン塔で処刑されてしまいます。
 
私がナショナル.ギャラリーにはお客様をご案内する際、ドラローシュが描いた『レディ.ジェーン.グレイの処刑 The Excution of Lady Jane Grey』をご紹介することがよくあります(写真)。目隠しをされて真っ白なサテンのドレスに身を包み、処刑の際に首を置くブロックの位置を探す様子のジェーンですが、その若く美しい手や腕の皮膚の下にはこれから送ったであろう人生の明かしである真っ赤な血が流れていることをを感じずにはいられません。
 
 
現在、同美術館で『歴史を絵画に ~    ドラローシュと レディ.ジェーン.グレイ』という特別展示が行われていますので英国の歴史に興味のあるかたは是非足を運んでください。(写真はクリスマスの時期ですが)
 
    
 
 
ドラローシュといえば19世紀に活躍したフランスの画家で、特に歴史画家として知られているひとです。彼のはっきりと力強く、しかし筆の後を残さないほど滑らかな技法によるドラマチックでありながらロマンチックな仕上げは当時のロマン画家の中でも、デラクロアと並んで彼の名を有名にした所以でしょう。歴史に忠実なひとたちは、時代にそぐわないジェーンや、処刑執行人の服装などに不満があるかもしれません。でも処刑が行われてから300年近くたった1833年に描かれたこの絵で、ドラローシュは歴史的事実より見る人への気持ちの効果を狙ったために、例え事実と違った部分があるにせよそれは全く問題になっていないのです。
 
今回の展示では『レディ.ジェーン.グレイの処刑』の他、ロンドン塔で殺された(と言われる)エドワード5世と弟のヨーク公爵を描いた『塔の中の王子たち』、『クロムウェルとチャールズ一世』『裁判前のマリー.アントワネット』『エリザベス一世の死』『クロムウェルの兵隊に侮辱されるチャールズ一世』などが展示されています。これらの絵画は下記のウェブから見ることができます。
 
http://en.wikipedia.org/wiki/Hippolyte_Delaroche
 
http://www.nationalgallery.org.uk/



3月に入り、やっと春らしい天候になってきました。天気予報を信じるならまだ雪が降る可能性があるとはいえ、まわりの空気には春の香りが漂っています。それに、外出時は少しくらい寒くても普段より一枚くらい余計に着込んでいけば問題なし!夏場の観光シーズンが始まる前に観光名所をゆっくり歩いてみてはいかがでしょう?例えば大学の町オックスフォードです。

 

オックスフォード大学は、英語圏の国の大学としては最も古く、いったいいつごろ出来たかは定かではありません。いずれにせよ1167年にヘンリー2世によってイングランド人がパリで勉強することが禁じられたためにオックスフォードが教育の場として急速に栄えたこと、1190年に最初の外国人留学生が入学したことは記録に残っています。そして教室、学寮を兼ねたカレッジが13世紀から続々と建てられ現在では38のカレッジで2万人の学生(大学院生も含む)が勉学に励んでいます。日本の皇太子や皇太子妃が学ばれたマートン.カレッジやベリオル.カレッジはともに13世紀に創立されています。

 

ところが「学生の町オックスフォード」は夏場は世界中から観光客やさまざまな夏期講習のために学生が押し寄せ、ともすればラッシュ時のロンドンのヴィクトリア駅を思わせる混雑が起こることも。だからこそ、そこの歴史の街を今の時期に訪ねていただきたいと思います。

 

さて、オックスフォード大学のカレッジでも一般公開しているところとそうでないものがあります。一番大きなクライスト.チャーチはハリーポッターの映画のロケ地やモデルに使われたところで観光客に人気です。12世紀に建てられた礼拝堂(Cathedral写真)のステンドグラスには1320年の「聖トマス.ベケット殺害」や、19世紀のウィリアム.モリスのラファエル前派の美しい作品が見られます(写真)。食堂に使われているホールは「ハリー.ポッター」の映画に出てくる食堂のモデルになったところ(写真)。また「不思議の国のアリス」を書いたルイス.キャロルが数学教師としてこのカレッジおしえていたこともあり、アリスのステンドグラスが見られます。

 

 

 

 

クライスト.チャーチが有名な観光地になっている一方でそれほどまでには観光では知られていないカレッジも多くあります。例えば1458年に設立されたモードゥリン.カレッジはクライスト.チャーチとは建物の大きさなどでは劣りますが、オックスフォードでは一番美しいといわれる塔をもち、またその広大な敷地は散歩の目的だけのためにこのカレッジを訪れたとしても決して期待を裏切られることはないでしょう。回廊に囲まれた庭(写真)にはCSルイスが「ナルニア王国 The Cronicles of Narnia」を書くにあたってインスピレーションを受けたといわれる石像が並びます(写真)。

 

    

 

 

敷地内に流れる川に沿った1マイル(1キロ)程の‘アディソンの散歩道(写真)’は季節季節の野生の花が見られるとか(写真は3月初めのもの)。ルイスがトルキン(「指輪物語」の作者)と歩いた後クリスチャンになる決心をしたのはこの道だったといわれています。(CS ルイスはモードゥリン.カレッジの教授でした。)

 

    

 

さあ、せっかく春の足音が聞こえだした3月に是非オックスフォードを一日中存分楽しむ計画をたててください。オックスフォードへはロンドンのパディントン駅から列車で、またはヴィクトリアノッティングヒル.ゲートを含むバスストップからバスで簡単に行くことができます。

 

 

 

 

 




2010年2月24日

先日ロンドン観光でお客様をバッキンガム宮殿にご案内した際、宮殿に翻っているユニオン.フラッグ(1902年以降はユニオン.ジャックとも呼ばれる)を見てひとりの方がおっしゃいました。「今、女王がご在宅ということですね?」 

 

正確には、女王がご在宅の場合は女王旗であるロイヤル.スタンダード(写真)が、そうでない時は国旗であるユニオン.フラッグが宮殿の上に掲げられますが、旗の上げ下げは、女王が敷地に入られたり出られた瞬間にフラッグ.マスターという旗係が行います。

 

 

 

以前は女王が在宅の場合のみロイヤル.スタンダードが掲げられ、不在時は何も立っていませんでした。ところが1997年にダイアナ元皇太子妃が亡くなった際にロイヤル.スタンダードが半旗にならなかったことへの国民の反感が強く、その妥協策としてユニオン.フラッグが半旗で掲げられました。そしてそれ以降、女王在宅の際は女王旗(ロイヤル.スタンダード)が、不在の時はユニオン.フラッグと決っています。女王旗はこれまでも、そしてこれからも半旗になることはありません。

 

ちなみに旗を半旗にする際は、必ずまず、一番上まで上げてから徐々に3分の1のところまで下げるという決まりがあるそうで、決して下から上げて3分の2のところで止めるということはないようです。旗の上げ下げも儀式なのですね。

さて、バッキンガム宮殿やウィンザー城のロイヤル.スタンダードと国旗が年に何度か驚くほど大きな旗になることがあります。これを6月のある日、初めてウィンザー城で見た時は驚きました。半旗になるのはわかりますが、お化けのように大きな旗を見るのはなんとなく異様です。後で知ったことですがその日は女王の公式の誕生日で、ロンドンではパレード(Trooping the Colour)が行われる日でした。つまり特別な日に掲げる旗が大きな旗なのです。

 

下記の写真で普通の日と、特別な日にウィンザーに翻る国旗のサイズを比べてみてください。

 

 

 

ユニオン.フラッグはご存知のように、イングランド、スコットランド、アイルランドの国旗を重ねたものです。まず、1606年にスコットランドとイングランドの国旗を合わせて作られ、1801年にアイルランドの国旗が加わって現在のユニオン.フラッグができました。ところが3枚の国旗を重ねると、どうしてもそれぞれの国旗の大切な部分が見えなくなってしまうために、苦心の結果できたのが今のユニオン.フラッグです。つまり重ねる順番を左右違えることによって平等にしたのです。ですからよく見るとユニオン.フラッグは決して左右対称ではありません。

 

日本の日の丸は「誰でもひと目でわかる」「3歳の子供にも描ける」「一度見れば忘れない」という紋章や旗の目的を完全に達成している素晴らしい国旗ですが英国の国旗は実に複雑で、旗ひとつにとっても今まで、他国に征服されることがなかった日本と、長い戦争の結果、やっと連合王国として成り立った英国という国の歴史の違いが感じられます。

 

 

 

 




恒例のキューガーデンの蘭祭りは今年で15年目。蘭の種類は25000種と植物の中でも最も多く、毎年200品種が新しく発見されています。人工栽培が難しいといわれる蘭はここ30年間キューで栽培されていることからもわかるようにキューの蘭のコレクションは膨大なもので、今でもキューガーデンのプラントハンターたちはボルネオを始め蘭を求めて世界中をまわっています。毎年世界から15万人が訪れるこのお祭りは正確にはTropical Extravaganzaというイベントで、熱帯植物のディスプレイなのですが、その主役はもちろん蘭です。

 

キュー.ガーデンズ駅を降りると花屋にはすでに色とりどりの花が並びすっかり気分は春です。(とは言っても私の目はどうしても犬のほうにいってしまいました。すみません。)

 

 

キューガーデンのサイドゲートであるヴィクトリア.ゲートからイベントのメイン会場に向かう途中にあるアイオロスの神殿周辺を歩いているとスノードロップの白い花に目が向きます。(写真)

 

 

しばらく曇り空の日が続きましたので、青空が見え隠れする空模様の下で少しでも多く太陽の陽を浴びようとしているかのごとく、いつもは下を向いておとなしいイメージのスノードロップもこの日は力強く見えました。

 

芝生のグリーンと、スノードロップの白、そして新芽がほんの少しだけ見られる他は、春といってもまだ色の少ないキューガーデンです。ところがPrincess of Wales Coservatoryに入る途端、その色彩の豊かさに圧倒されてしまいます。この世の中にこんなにも沢山の色があったのかと思うほど。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふだんは睡蓮が見られるウォーターリリー.ハウスもこの期間中は蘭で埋められます。それらの蘭はまるで水の中からいっせいに生まれた妖精のようです。

 

 

 

キューガーデンの蘭祭りは3月7日まで開催されています。

http://www.kew.org/visit-kew-gardens/tropical-extravaganza-2010 

 

 




ロンドンで一番賑やかな繁華街オックスフォード.ストリートからほんの少し北のマンチェスター.スクエアにあるのがハートフォード.ハウスです。といえばあまり馴染みがありませんが、この建物がウォレスコレクションのホームであるといえば「ああ。」とうなずく方も多いはず。

 

By kind permission of the Wallace Collection

 

美術館というよは、個人のお宅でゆっくり美術を鑑賞している気分です。もちろんそのお宅の主はとてつもなく大きな美術品の収集家である貴族かなにかではあるのですが。

 

By kind permission of the the Wallace Collection

 

By kind permission of the Wallace Collection

 

ウォレスコレクションはハートフォード子爵一族が5世代に渡って収集したものを1897年に国家に寄付したものです。個人から国家へ寄贈された美術品のコレクションとしては最大かつ最高級のもので、絵画ではレンブラント、ルーベンス、ティシャン(ティッツィアーノ)、ヴェラスケス、ブシェ、ワトーなどが名を連ねます。「微笑む騎士 Laughing Cavalier」のコピーは英国ではよく見かけるものでもオリジナルがここににあることを知る人は少ないでしょう。

 

By kind permission of the Wallace Collection

 

この絵を描いたフランス.ハルスは1865年にこの絵がオークションに出る前は無名の画家でした。美術にはするどい感性をもっていた4代目ハートフォード子爵とこの絵を競り合ったのがロスチャイルド男爵でしたが、激しい競り合いに成功したのはハートフォード子爵でした。その値はなんと推定額の6倍だったといわれています。今ではフランス.ハルスは17世紀を代表するオランダの画家のひとりとして名を連ねています。

 

ジャン.オノレ.フラゴナール作 「ぶらんこ」はこれを模写したタペストリーをどこかで見かけた記憶があります。「マダムの乗っているブランコを司教が押して、私が下でマダムの足を見ている絵を描いてほしい。」といったのは、18世紀のフランスの宮廷に関わる匿名の男性だったそうでそれを注文された画家はあまりの不謹慎さに「スリッパを宙に飛ばせたらいい絵が出来上がると思うのですが。ただしそれには私より、もっと適切な画家がおりますでございます!」とその仕事を同僚のフラゴナールに譲ったとか。世間の目を気にしてのことなのか、それとも真に道徳心から出した決断なのかはわかりませんが。

 

 

By kind permission of the Wallace Collection

 

またセーブル焼きのコレクションも見事でルイ15世がセーブルの工場を訪れて直接購入したものなどが、ケースの中や家具の上に所狭しと並んでいます。その色の美しさに胸の鼓動が音をたてて感じられるはずです。

 

By kind permission of the Wallace Collection

 

今、ウォレス.コレクションでちょっとおもしろい『シーッ! それは秘密。』という展示会が行われています。セント.ヴィンセンツ.カソリック小学校の生徒が美術館の学芸員たちと共に企画した展示で、美術館が所有する絵や、彫刻、陶器の小物、家具などに隠された秘密を見つけて解説するという特別展示です。それは子供の目から見た興味の対象ではありますが、大人にとっても興味深いものばかり。

 

   

 

例えばコーネリアン石で出来たかぎたばこ入れです。1976年に発見されたのが箱に隠された2枚の小肖像画で、それは18世紀のフランスの文学者、哲学者であっヴォルテールとその愛人で数学者であり物理学者でもあったシャトレ子爵夫人のものでした。(写真)

 

By kind permission of the Wallace Collection

 

これらのコレクションが国家に寄贈される時の条件が、「コレクションのひとつたりともハートフォード.ハウスから持ち去ってはいけない。」というもので賃貸も許されていないのです。ですから、ここのコレクションはここでしか鑑賞できないと思えば感激もまたひとしおでしょう。30近いのギャラリーからなるコレクションを全てじっくり鑑賞するには一日を費やすことをおすすめします。そしてランチは中庭に造られた素敵な『ウォレス.レストラン』でいただけば文句なしの『素敵なロンドンの一日』を体験できるはず。帰途に着かれる際は募金箱に気持ちを残していくこともお忘れなく。こんなに素晴らしい美術館が無料だなんて申し訳ない気がするでしょうから。

 

 

http://www.wallacecollection.org/




例年 この時期になると、スノードロップの花を見つけるためのウォーキングを始めます。野生の花では春真っ先に咲くのがスノードロップで、下を向いて恥ずかしそうに咲く白い花はとても可憐ですがその反面、雪をかきわけて力強く地面から出てくる頼もしさももっています。

 

さて、今回はそのスノードロップを探してコッツウォルズから始まったウォーキングでしたが今年は寒さが長引いたせいか、開花は遅いようです。コッツウォルズでは残念なら見つけることが出来ず、友人の住むヘレフォード近くまで足を伸ばしました。そして最後にやっと出会えたのがナショナルトラスト所有のガーデン、‘ザ.ウィアーThe Weir ’でした。ちょっと早いかな?という気もしましたがワイ川を見下ろしながらのウォーキングは実に快適で、是非皆さんにもおすすめしたいと思います。下の写真がザ.ウィアーですが、多少の坂道はあるにせよ初心者でも十分楽しめるサーキュラー.ウォーク(出発点に戻ってくるルート)で、1時間もあれば十分のショートコースです。

 

 

 

 

 

 www.nationaltrust.org.uk

英国人の趣味の中でもウォーキングは最も人気のあるもののひとつです。ウォーキングルートを記した本やガイドブックは無数にありますが、たとえその通り歩いてもけっこう迷うもの。私は初めてのルートを試す場合は、必ずOrdnance Surveyという地図を持っていきます。これは簡単に書店で手に入る地図としては一番詳しいものです。

 

    

 

それでもまだ初めての英国でのウォーキングが心配な方は、まずは一般に公開されている大邸宅の敷地を歩くのはいかがでしょう?。ナショナルトラストが持っている多くの18世紀の貴族の館の敷地内をゆっくり歩くことから始めるのもひとつのアイデアです。

 
例えば、風景ガーデンのデザインで有名なランセロット.ブラウン(ケイパビリティ.ブラウン)が、6代目コヴェントリー伯爵のために18世紀中ごろに初めて風景庭園としてデザインしたクルーム.パークはいかがでしょう?それまでの英国のガーデンはフランスやイタリアのガーデンを模倣していましたが、画家であったウィリアム.ケントは、クロードの絵に描かれた風景を庭園に生かすことを思いつきます。それはベルサイユ宮殿に見られるような直線や幾何学模様を重視したデザインではなく、自然観を強調したものでした。これが風景庭園の誕生です。ケントの後を受け継いだランセロット.ブラウンは湖を造ったり樹木を植えたりしてもっと大胆な風景庭園を造り出していきます。クルーム.パークの庭は正にコヴェントリー伯爵のお屋敷からの展望を考えてデザインされました。そのために中世の教会を壊し、丘の上に新しい教会を建てなおしたくらいです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
チケット売り場では地図や見所がわかりやすく説明されている無料のウォーキングガイドが入手できます。。またコヴェントリー伯爵邸であるクルーム.コートは18世紀を代表する新古典派建築家兼インテリアのデザイナーであったロバート.アダムの手になる素晴らしい天井のプラスターワークや壁のパネル、暖炉などが見られます。
 
 
 
 
 
 
今月から昨年同様ヴァージン.アトランティック航空メルマガ読者のために特別に企画された現地集合ウォーキングが始まります。ルートも昨年より多くなって色々な場所でのウォーキングを楽しんでいただけます。英国でのウォーキングに興味のある方は是非ご参加ください。メルマガは無料で登録できます。    www.virginatlantic.co.jp



 過去30年の間にモネ展を始め、世界に名を残す比類ない多くの展示会を行ってきたロンドンの王立美術館が、『ヴァン.ゴッホ ~ 画家とその手紙』と題して特別エギゼビションを1月23日から4月18日まで開催することになりました。

 

 

ゴッホ展としては正に一生に一度出会うかどうかの貴重なもので、世界中の芸術愛好家の興味を惹くことは間違いありません。この特別展のために同美術館が企画したレクチャーや、トーク、ワークショップのチケットがオープニング前に売り切れてしまうほどですから。

 

では一年中、世界のどこかで開かれているゴッホ展とどこが違うかといいますと今回のエギジビションはタイトルからわかるように、絵画と同時に彼の手紙が展示されていることです。去年の秋にアムステルダムのヴァン.ゴッホ美術館から15年におよぶ研究の末ゴッホの819通の手紙が、「ヴァン.ゴッホ その手紙」という6巻の本になって出版されました。今回の王立美術館での展示はその本の中から40点の手紙が、65点の絵画、40点の素描とともに展示されています。

 
ゴッホは1000通ほどの手紙を残しています。中には友人であり画家のポール.ゴーギャンや妹に書かれたものもありますが、多くは精神的、経済的にゴッホの擁護者であった弟のテオに宛てたものです。それらはゴッホが絵画を描いている最中かまたは描きあげた直後のもので、その絵画のスケッチがついています。ですからこれらの手紙から私たちは、題材に関してや、絵画の中でゴッホが意図したこと、またゴッホの生や自然、宗教に対する思考や彼の精神状態など実に多くを知ることができるのです。
 
ゴッホといえば一般的には「ピストル自殺をした精神異常の画家」というイメージが強いことはたしかですが、このエギゼビションは、手紙を同時に紹介することによって、ゴッホが画家としてのみならず、手紙を書く分野においても優れた才能をもつ知的な芸術家であったことを納得させます。そして私たちをよりゴッホに近く導いてくれる役を果たしてくれているのです。ひとつひとつの作品についてこれほどまでに詳しい記録を残した画家は他にはいません。展示されている手紙の多くは一般公開されたことがないもの、保存のためにこれからもめったに公開されることがないものです。
 
ロンドンで、最後にゴッホに関する大展示会が行われたのは40年前といわれていますが、今回は、個人所有の作品のほか、ニューヨークのメトロポリタン美術館、ボストン美術館、ポール.ゲティ美術館など、世界中の80近くの美術館から借りた傑作を集めています。
 
展示会のために品を借りるということは、美術館の名声もさることながら展示会担当の学芸員の力量と忍耐、根性があってこそ実現するものです。もちろん彼らのゴッホに関する知識や、それまでの履歴、経験、そして芸術分野の世界的評判がものをいうことは言うまでもありません。今回の「ヴァン.ゴッホ 画家とその手紙」は、正に私たちには想像もつかない彼らの4年にわたる努力と忍耐の成果で、皆さんがもし、この展示会だけのためにロンドンにいらっしゃるとしても、決して裏切られることはないはず。
 
では、今回の「ヴァン.ゴッホ 画家とその手紙」の中からいくつかの作品をご紹介しましょう。
 
画家としての自画像
‘僕が自分の仕事の中でそれ以外の全てを合わせたものよりもずっと、ずっと情熱を持っているもの。それは肖像画なんだ。’
 
 
写真提供:Royal Academy of Arts
 
 
イエロー.ハウス
‘…….それはとても難しい問題だ。しかし、だからこそ僕はそれを克服したい。何故ならそれはものすごいものだから。太陽の光の中にあるイエロー.ハウス、そして他に比べるものがないくらいの青の新鮮さ….’
 
 
写真提供:Royal Academy of Arts
 
 
ゴーギャンのイス (ゴッホは、ゴッホのイスの絵と共に二人の画家の肖像画としている。)
‘最近のふたつの研究はちょっとおもしろいんだ。昼間の壁を背景に床の赤いタイルに置かれた木と麦わらで出来た黄色のイス(ゴッホのイスの絵)と、2冊の本とろうそくののったゴーギャンの赤とグリーン(夜の効果)の肘掛け椅子……..’
 
写真提供:Royal Academy of Arts
 
 
イトスギ その手紙
‘ひまわりを描いたようにこのイトスギをキャンバスに描きたいんだ。何故なら驚くことに、今まで誰も僕が見るのと同じ目でこれを見た画家はいないからだ。その線やプロポーションは、エジプトのオベリスクのように美しい。’
 
 
    
写真提供:Royal Academy of Arts



 2002年BBCが行った世論調査で「最も偉大なる英国人」のトップに挙がったのが第二次世界大戦時の首相であったウィンストン.チャーチルでした。日本で戦争体験のない人たちにはチャーチルといえば‘Vサインを最初に使ったひと’とか、ブルドッグのような顔に変えられて風刺漫画に登場するくらいで(写真)、あまり馴染みがないようですが、終戦から60年以上経った今でもこの国ではチャーチルが「最も偉大な英国人」とみなされているのは、この国を勝利に導いたという理由以外に彼の人柄にも関係があるのではないでしょうか?

 

         

 

英国では「ウィットに富み、ユーモアのセンスがある」というだけで尊敬されるひとの要素になりうることはたしかですが、それを普通のひとの何倍ももっていたのがチャーチルでした。例えば、チャーチルのあまりに失礼な発言に憤慨したアストー子爵夫人が「あなたがもし私の夫だったら、あなたの紅茶に毒をもることでしょう。」という言葉を受けて、チャーチルが「マダム、私があなたの夫であったなら、それを喜んで飲むことでしょう。」と言ったのはあまりに有名です。

 
さて、チャーチルに関する出版物が他に類を見ないくらい多いことは事実ですが、英国にいらっしゃって関連の場所を探し出すにもそう時間はかからないでしょう。ロンドンではキャビネット.ウォー.ルームズが筆頭に挙げられます。そこは、第二次世界大戦時に閣議が開かれた地下壕で、ヨーロッパ人には人気ですが、私がいままで5、6回訪れたうち、他の日本人に会ったのは皆無です。ガイドブックも各国語に訳されたものがありますが、日本語はなし。係りのひとに聞いたところ、「日本人はめったにいらっしゃらないんですよ。多くなればもちろん日本語のガイドブックも出します。」とのこと。とかく戦争に関しては横を向いてしまう風潮が強い日本ですが、歴史を通して過去の間違いや、苦しみ、事実を知ることは未来の平和を作る道具のひとつです。前小泉首相も、ブレア前首相に案内されて訪れています。
 
 
さて、このキャビネット.ウォールームズですが、第一次世界大戦の経験から空襲の恐ろしさを知った政府がドイツとの戦いに備え、首相をはじめ国家の中心的人たちのために造った地下壕です。そこは首相官邸のすぐ近くで工事は1939年に始まり、完成した一週間後に第二次大戦が勃発しました。そして日本が終戦を迎えた1945年8月15日の翌日にこの地下壕の戸が最後に閉めらて以来そのままにされていたのが、1980年代にオリジナルどおりに改修され一般公開されました。
 
ザ.マップルームは、地下壕ができた初日から閉鎖されるまでここでの活動の心臓部だった部屋です。壁にかかる大きな地図が、この部屋から大戦時の世界の動きをひとつ残さず監視している人々の様子を物語っているようです。
 
閣議室は、チャーチルに選ばれた少数の大臣や戦争アドバイザーが昼夜会議を開いた部屋です。チャーチルは戦争時でさえ、毎日のルーティーンを変えなかったといいます。たとえば一日は8時半にベッドで葉巻を吸うことから始まり、昼食と夕食は必ずシャンペーンを飲み、午後の昼寝の後は早朝の3時か4時まで働いたといわれています。ここではそんなチャーチルが使ったベッドルームやクレメンタイン夫人の部屋など9部屋が公開され、広い博物館では彼の一生に関する資料やメモラビリアが陳列されてています。(写真)
 
 
   
 
 
 
国会議事堂や首相官邸、ウェストミンスター寺院、バッキンガム宮殿、セント.ジェームズ公園を訪れるひとがほとんど見逃してしまう観光名所の穴場… それがキャビネット.ウォールームです。
 
またスィッチルーム.カフェでは、クラシック英国料理やホームメードのケーキなどが賞味できます。戦争の時に行われた自給自足キャンペーンのモットー‘Dig for Victory!(勝利に向けて畑を耕そう!)’と同じ名のついたスープなどはここのカフェならのものでしょう。
 
ロンドン以外ですと、世界遺産にもなっている生家ブレナム宮殿(写真)や、ガーデン好きのチャーチルがこよなく愛した住居チャートウェルなどはチャーチルを抜きにしても訪れる価値が十分あるところです。
 
 

 




ストーンヘンジがユニセフの世界遺産に指定されていることはご存知だと思いますが、そのストーンヘンジは実はこの指定地域のほんの一部であることはあまり知られていません。正確に言えば、この指定地域は「Stonehenge, Avebury and Associated Sites」と呼ばれ、ストーンヘンジとその周りの関連遺跡、そしてそこから50キロ近く北にあるエイヴブリーの遺跡とその周りの関連遺跡を含む実に大きな地域を意味するのです。

 

ストーンヘンジに関しては、以前にこのブログでお伝えしたことがありますが、その5000年に及ぶ歴史の中で、絶えず人々の関心を横取りしてきたにも関わらず、その目的や用途は以前謎のベールに包まれています。太陽崇拝のための神社?ヒーリングのための施設?天文観測所?

 

 

ストーンヘンジの周りには巨大石の他、350以上の古墳がある他、26平方キロに及ぶ世界遺産指定地域にはストーンヘンジとエイヴォン川を結ぶ3キロの道`The Avenue’ 、そして石に対抗するかのように木と謳われているWoodhenge(写真)も含まれます。

 

 

ストーンヘンジから2キロほど北西に位置するこのウッドヘンジは、ストーンヘンジ同様小さな土手と溝に囲まれ、大きさもさほど変わりません。違うのは、そこに立てられたのは石ではなく木だったということで、もちろん木はすでになくなっていますから現在ではコンクリートでその位置が示されています。建造されたのも紀元前2300年から2000年ということですから、ほぼストーンヘンジに石が立てられた時と同じです。

 

一方、ストーンヘンジから北に約30キロのところにあるエイヴブリーにもストーン.サークルがあり、ストーンヘンジとほぼ同年代に造られています(写真下)。やはり土手と溝に囲まれていますが、こちらのほうは、ストーンヘンジよりもずっと大規模で、溝の幅は20メートル、深さは10メートル以上というもの。また、円形とは言ってもそれは楕円形で直径は400メートル以上あり、ヨーロッパでももっとも大きなサークルの遺跡のひとつとなっています。

 

時間があったらストーンヘンジからウッドヘンジまでの6キロのウォーキングをしてみてはいかがでしょう?新石器時代の人たちのように自然がもっと身近に感じる一方で、自然の力の偉大さがより深く理解できるかもしれません。

 

 

 

 

 

 




我が家では毎年、元旦のウォーキングが恒例になっています。皆さんは「この寒い時に何故?」と思われるかもしれませんが、特に元旦にというのは私だけではないようで、この日だけはたとえ寒くてもけっこう歩いている人を見かけます。それに歩いていれば寒さもあまり気になりませんし、ウォーキングを終え、ティーショップやパブで暖かい飲み物を飲むのもまた格別です。

 

今年は、大晦日から知り合いの犬のレミーを預かっています。そこで元旦のウォーキングはレミーと一緒に歩きやすい場所をということでウィンザー城から出ている真っ直ぐの道、ロング.ウォークを往復しました。お城からスノーヒルに立っているジョージ3世の銅像までは4キロちょっとです。

 

 

両側に立っているのは、西洋トチの木とプラタナスの木です。

 

 

この日の空は雲ひとつなく晴れ渡っていました。ロング.ウォークの先にあるジョージ3世の銅像(‘Copper Horese 銅の馬’と名づけられています。)も逆光のせいで、こんなにドラマチックな写真に......

 

 

これを反対側から写すと、ローマ人の格好をして馬に乗っているジョージ3世がはっきりわかります。

 

レミーもウォーキングを堪能したようです。

 

 

ロングウォークのあるウィンザー.グレイト.パークは昔は王室の人々が狩りに使っていた5000エーカーの土地ですが、今は一般に開放されています。第二次世界大戦の時、食料難を救うためにあちこちで土地が耕された際、昔からいた鹿たちは一旦は他に移されたものの、1979年、エジンバラ公の提案で特別鹿のために1000エーカーの土地に囲いが設けられ、今では実に多く見られます。

 

 

ロング.ウォークは、観光バスがよく通るアルバート通りが途中を横切っていますので、その辺からウォーキングを始めることもできます。その場合は、銅の馬までの距離は2,6キロですし、最後の百メートルほどを除いてはほとんど平らに近い道ですから(遠くから見ればかなりアップ&ダウンがあるように見えますが。)初心者にもお勧めのコースです。

 

 







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